両親のDVと学校でのいじめ…不登校になりかけた小学生時代

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元不登校児の @megrepper です。

私は小学校に入った頃から学校という場所が苦手で、小学校中学年の頃には欠席が増え始め、中学生になる頃には完全な不登校となってしまいました。その背景には学校でのいじめや、家庭内不和などの出来事がありました。この記事では特にいじめと家庭内の不和が激しかった私の小学生時代を振り返ってみたいと思います。

気性が激しい面もあった小学校低学年の頃

どちらかといえばおっとりした性格だったようで、小学校低学年の頃の通知表を見返してみると「新しい作業に取り掛かることが苦手で、ぼんやりしてしまうことが多い」とよく指摘されるような子どもだったと記憶しています。

また普段は穏やかなものの気性が荒い面もあり、クラスメイトとトラブルを起こしてしまうような一面もありました。

女性
基本的な生活習慣と協力性に△が多すぎるんじゃないの・・?

・・おっしゃる通りです。

今思えば、当時から協調性に欠けている部分があり、後々いじめに遭うような原因を作ったのかもしれません。双極性障害になりやすい性格として「循環気質」や「マニー親和型性格」という性格分類がよく挙げられますが、

【循環気質】
社交的、善良、親切、温厚といった社会的同調性と気分の波(循環)を特徴とする性格

【マニ―親和型性格】
・秩序に対する両価性(相反する感情)
・精力的・熱中的

(引用: せせらぎメンタルクリニック

私も普段は親切や温厚な性格であるものの、その反面無秩序になってしまうところがあったり、なにか物事に熱中すると歯止めが効かなくなる面もあるため、双極性障害でよく言われる病前性格に多少当てはまるところもあるのかもしれません。

また、この頃から朝はとても苦手で、ほとんど自分から起きるということができず、登校を渋っていた記憶もあります。

いじめの標的になった小学校中学年の頃

小学校中学年になった頃から、私は中学受験をするための進学塾に通い始めました。とはいうものの、進学塾で習う高度な勉強はさっぱりで、一緒に塾に通う友達と遊ぶためだけに通っていたように思います。幸い、塾に通っていたせいか、学校で習う勉強にはほとんど苦労せずについていくことができていました。

しかし、元々おっとりとした性格のせいか、学校の体育で体を動かすことは大の苦手でした。また、私は生まれつき弱視気味であり、斜視や乱視も持っていたため、体育の授業で行われる跳び箱や鉄棒、球技といったあらゆる科目が出来た試しがありませんでした。その運動音痴っぷりはひどいもので

  • 50m走は女子の遅い子よりもさらに遅い
  • 縄跳びの前回りができない
  • マット運動の簡単な前回りができない
  • 鉄棒で回ることができない、ぶら下がっているだけでも困難
  • 跳び箱は3段でも飛ぶことが出来ない
  • バレーボールのキャッチができない、片手でうまく投げられない
  • 簡単なボールのドリブル、まりつきができない
  • コンパスや定規などの文房具がうまく使えない、靴ひもが結べない

今思うと「発達性協調運動障害」なんじゃないかってほどです。(特に診断は受けていないので真偽のほどは不明ですが・・)

megrepper
一応、今の主治医からは発達には問題ないって言われてるんですがね

そんなこともあってか、この頃から私は学校内でからかいや中傷の対象となり、たびたび学校を休むようになっていきました。特に運動会の季節は憂鬱で、欠席が増えていたように思います。最初は、運動ができないことをバカにされるくらいで済んでいたのですが、だんだんその中身はエスカレートしていき、段々「いじめ」と呼べるようなものに変化していきました。

ちなみにこの頃、周りからされたいじめや中傷はこんな感じです。

  • 私が触ったものは「菌が付く」と言われるなど、いわゆるバイキン扱い
  • 班活動の時間にわざと全員から机を離される
  • 私が給食当番で配ったおかずを「汚い」とクラスのほぼ全員から残される
  • 体操服や筆箱などの学用品を隠される
  • トイレに閉じ込められて掃除用具や水を上からかけられる
  • 斜視を「どこ見ているの?」とからかわれる
  • 無視や陰口など(あからさまに「死ね」と言ってくる人もいた)・・・etc

なによりも辛かったのは、苦手な体育の時間です。体育では球技などを行うときにチーム決めをすることがよくあると思いますが、当時の担任の教師が取った行動は、クラスの中で孤立している私にとっては酷なものでした。そのチーム決めの方法とは、クラブ活動などで球技の得意な生徒数人がリーダーとなり、残りのクラスメイトの中から「使えそうなメンバーをジャンケンで勝った順に取ってゆく」というものでした。

クラスの中で嫌われている自分はもちろんですが、私のほかに運動があまり得意ではない生徒数人が余り、彼らをほかの大多数のクラスメイトが「自分のチームにはいらない」「あっちへ行け」などと厄介払いを試み合う姿は、今になっても忘れることができません。

megrepper
そーいえば、体育以外にも「二人組み作ってー」とか「好きな人同士でグループになって」というシチュエーションでも毎回余ってたな

そのほかにも、ドッジボールをすれば的扱いされ、わざと顔面ばかりを狙われたり(顔面に当てた場合はノーカウントとなるルールを悪用して、いつまでもボールをぶつけられました)クラス対抗競技では罵声を浴びせられ、クラスが負けると「お前のせいだ」と罵られるなど体育に関してはまったくといっていいほど良い思い出がありません。

また、斜視をからかわれるようになったのもこの頃からです。同級生から「どこ見ているの?」とか「寄り目」「ガチャ目」と言われることもよくありました。眼科には物心付く前から通っていたのですがあまりにもからかいの対象になるのが憂鬱で、大学病院で斜視矯正手術を受けました。

(強度の斜視に加えて、眼振もあるため今でも完全に矯正できておらず、自分の見た目や写真に撮られることを極度に嫌うコンプレックスは未だに持っています。)

斜視の子どもが「誕生日パーティーに招かれない」などの差別を受け始めるのは6歳から

https://gigazine.net/news/20100823_children_with_squint_face_discrimination/

家庭が崩壊した小学校高学年の頃

学校では相変わらずいじめの標的になっていた私でしたが、小学5年生になる頃には家庭内でも問題が勃発します。それは父方の祖母が脳梗塞で倒れ、家族に介護という問題が押しかかると同時に、父親の不倫が発覚したことです。

父親の不倫が発覚してから、母親は大量のアルコールを飲むようになり、毎晩父親と大喧嘩。また当時の父親もアルコールが入ると人が変わったように母親に暴力を振るうようになり、私は眠れない日々を過ごすことになります。

喧嘩が酷い時は父親が食器棚をグシャグシャに割ったり、母親の首を締めて浴槽に沈めるなどの激しい暴力もあり、近所の家に助けを求めたこともありました。

また、この頃母親は鬱憤を晴らすためか時間を構わず親戚や友人に電話をかけまくり電話代の請求が10万円近くになったり、酒に酔っては「寝ゲロ」をしてしまうようになり小学生だった私が毎晩母親を介抱しなければならないような状態にまで陥りました。

上の投稿にもあるように、私のメンタルもここからどんどん壊れていったように思います。

ある時は学校を休んで、弁護士会が行っている「子ども電話相談室」に電話をかけて助けを求めたこともありますし、それがきっかけで児童相談所に通報が行き児童相談所に何度か親子で呼びだされたこともありました。

またある時は、母親が2日ほど家から出て行ってしまったことがあり、翌日学校に提出する集金袋が用意できなかったことがきっかけで、担任の先生に家庭の内情がバレてしまい担任の先生が何度か家庭訪問をしてくれたこともありました。そんな日々を過ごしていた私ですが、さらに追い打ちをかけるような事態が起こります。

母親が救急車沙汰に。搬送先の病院での出来事

相変わらず夫婦喧嘩が耐えない家庭と学校でのいじめを抱えていた私でしたが、ある日の夜いつものように母親と父親の喧嘩を目の当たりにし、2階の自分の部屋に避難していた時の話です。その日も母親の叫び声と父親の怒鳴り声が響いていたのですが、しばらくするとそれがピタッと止み「そろそろ収まったかな」と一階へ降りてみると

なんと母親が玄関で倒れている!
いつもなら酒に酔っても意識はあるはずなのに、揺り起こしても起きない!
そして母親の側には少量ではあったものの処方薬のカラが落ちている!

いつもとは違うただならぬ事態に、私は不安になり「そうだ!救急車を呼ぼう」と思い立ちます。

消防士
はい、こちら119番。火事ですか、救急ですか?
megrepper
救急です。母親がお酒と薬を一緒にたくさん飲んでしまい意識がありません
消防士
分かりました。住所を教えてください。あと電話に出てる君は息子さんかな? 小学生?
megrepper
はいそうです。住所は○○○○です。呼吸はしているみたいですが、肩を強く叩いても反応がありません
消防士
分かりました。すぐに向かいます。もしお母さんが吐きそうになったら、喉にものが詰まらないように横にしてあげてください。あと救急車のサイレンが聞こえたら外に出て合図できるかな?
megrepper
はい、大丈夫です。よろしくお願いします。

我ながら完璧な通報ですね・・。それもこれも家庭の修羅場に慣れすぎて、非常事態にも冷静に対応できる能力が身についたせいか・・?

そんなわけで地元の救急病院にやってきた私と母親でしたが、母親は処置室へ私は夜も遅かったせいか処置室とカーテン一枚隔てたベッドに案内されました。医療スタッフも複雑な事情を察したのか、看護師さんが妙に優しかったのを覚えています。

看護師さん
お母さんを診察するまでの間、このベッドで横になっててね。もし疲れちゃったらそのまま寝てもいいからね。
megrepper
あ・・大丈夫です

看護師さんの前では平静を装った私でしたが、病院に着いて安心したのか、ガクガク震えはじめました。

しばらくすると、医師がやってきたのか、母親を診察する声が聞こえてきました。(本当は倒れるまでの経緯とか、色々なことを問診されていたような気もしますが、ある会話だけが鮮明に記憶に残っています。)

担当医
・・なるほど、そういう訳で倒れちゃったんですね。分かりました。今日のところは帰っていただいても大丈夫ですが・・
担当医
体にアザもあるようですし、もし希望があるなら、事件にしますか?
母親
いえ、子どもも居ますし、事件にはしないでください

ひょっとしたらこの時からかもしれません。

「この家にはボクがいるから、いつまでも家族が仲良くなれないんだ・・。」と自分を責めるようになったのは・・。

その時から早20年近く経って、当時とは比べ物にならないほど父親も母親も丸くなったのですが、今でも父親と母親が軽い言い争いをするのを聞くたびに、この感情が湧き上がってきます。この記事を書いてみて、「アダルトチルドレン」にはこうしてなるんだなぁ」と、つくづく思います。

段々と自責の念が強くなっていった私ですが、さらに話は続きます。



父親の不倫相手を母親が特定!? 母親と不倫相手を尾行

そんな事件があった矢先のこと、相変わらず祖母の介護を続けていた母親でしたが、どこから情報を掴んだのか、ある時「父親の不倫相手を特定した」と言い始めました。それも相手の名前だけでなく、電話番号も住所も・・。(密かに父親の携帯をチェックしたのかもしれませんが、私立探偵も真っ青の捜査力ですね。)

そしてなんとこんな事まで言い始めるようになりました。

「父親の不倫相手を尾行して、証拠を掴もう!」

・・子連れで尾行とか「名探偵コナン」じゃあるまいし、そんなバカなと思う方もいらっしゃるかもしれませんが本当の話です。

そんなわけで、祖母を介護中にも関わらず不倫相手の尾行へ出発した私と母親でしたが、やることは素人のそれ。これといった結果も得られずに、その日は市内で一泊することになりました。ビジネスホテルにチェックインし、そろそろ寝ようかという段になったのですが、母親はこんなことを私に言い始めました。

母親
○○ちゃんももう大人に近づいてるし、この際だから話しておきたいんだけど、もう少ししたらあなたにも好きな子ができたり、将来結婚したりするかもしれないの
megrepper
・・?
母親
もしかしたら、子どもが欲しくなったりして(以下性教育的なお話)
megrepper
・・!?!?
母親
でもね、パパみたいにほかに女の人を作ったりとか、家族に迷惑をかけることだけはしてほしくないの
megrepper
・・うん、分かった

・・てか、父親の不倫相手の尾行先というシチュエーションで話す内容じゃないだろ!!

今となって思うのは、つくづくキチガイじみてるな、と。頭おかしいですよ本当。ちなみに児童精神科医でもある今の主治医に「過去にこんなことがありました」と話したところ

上のツイートのような答えが返ってきました。そりゃそうですよね。思いっきり子どもの性的価値観歪みます。こんな思い出から次第に女性というものに恐怖を感じるようになった私ですが、不倫への怒りに燃える母親の暴挙は止まることを知りませんでした。

父親の不倫相手と電話で直接会話させられた

タイトルからしてアレですが・・これも本当の話です。

父親の不倫相手の名前・住所・電話番号まで掴んでいた母親ですが、次はこんなことを言い始めました。

「父親の不倫相手に直接電話をして抗議してやる!
あんたも電話を代わって一言言ってやりなさい」

もうね、アホかとバカかと。 夫婦の喧嘩沙汰の火種に子どもをブチ込んでどうする。って感じですよ。そんなこんなで父親の不倫相手と直接電話で話すことになったmegrepperですが、その時不倫相手から言われた一言も未だに忘れることができません。その時の会話の内容がこちらです。

megrepper
あの・・。うちのお父さんと浮気するのやめてもらえませんか?
不倫相手
・・はぁ?! 子どものくせに口が随分と達者ね。ワタシの勝手でしょ!
megrepper
( ゜д゜)ポカーン

その頃から女性というものが怖くなりました。
もちろん結婚願望とか恋愛願望とか、この頃からどうでも良くなりました。

小学校卒業間近に祖母が他界。父親は死に目にも合わず

毎晩に及ぶ夫婦喧嘩は相変わらず続いていたものの、私も小学校を卒業する時期がやってきました。中学受験をするために塾に通っていた私ですが、小6の頃にはどうでもよくなり結局塾には通わなくなってしまったことから、受験は断念せざるを得ませんでした。また、この頃両親は隣町に一軒家を購入私の小学校卒業と同時に引っ越しをすることが決まっており

megrepper
これでやっと学校でのいじめもなくなるかな・・? 家族の仲も良くなるかな・・?

と、私自身も少しばかりの期待を抱いていました。

しかし、悲劇は突然やってきます。ある夕方のこと、母親は相変わらず父親の不倫相手との闘いに燃えており「二回目の尾行に行こう!」なんて息巻いていた矢先、自宅で介護していた祖母が突然倒れ、急遽尾行は中止。救急車を呼ぶことになりました。搬送先の病院で判明した祖母の症状は「脳幹出血」。生命維持に最も必要な脳幹の血管が破れ、持って半日の命であることが分かりました。

当然母親は、仕事先に居るであろう父親に連絡を取り続けましたが、父親からはなんの連絡もありません。病院の待合室で母親は私にこんなことを語り始めました。

母親
あの人ったら、自分の母親が危篤だっていうのに連絡も寄越さないで、また女と遊び歩いてるのかねぇ
megrepper
・・そうかもしれないね。

父親よりもいち早く祖母の妹が福岡県から急遽やってきましたが、父親とは連絡が取れないまま祖母はその日の深夜に他界、結局父親と連絡が取れたのは翌朝のことでした。

小学校卒業。だが、いじめっ子の最後の一撃

祖母の他界からほどなくして、私の小学校卒業の日が近づいてきました。

megrepper
随分いじめられたけど、最後くらいはスッキリ卒業できるといいなー

なんて思っていた私でしたが、それは甘い考えでした。

卒業式の前日、私の小学校では「謝恩会」と呼ばれる会(卒業記念パーティみたいなものです)が行われることになっていたのですが、私もその行事に向かおうと自宅を出て学校に向かっていると普段から私をいじめてくるクラスの女子に出会いました。私が何気なく会釈をすると、その女子からはとんでもない言葉が返ってきたのです。

同級生
なんでお前なんかが来るんだよ!早く首吊って死ね!
megrepper
( ゜д゜)ポカーン

これは卒業式当日になって知ったことですが、その女子の父親はPTAの会長でした。当然卒業式にも列席しており、祝辞の言葉を述べたりするわけなんですが

同級生の父
小学校時代の友人や同級生は人生の宝です。ですからみなさんも、卒業した後も友達と協力し合い一生の友情を・・(うんたらかんたら
megrepper
なんという灯台下暗し。ボク、昨日あなたの子どもに死ねって言われたんだけど

・・とまあ、最後の最後まで煮え切らない卒業式を過ごしました。卒業式の後は恩師との別れを惜しむ同級生たちを尻目に、そそくさと帰ったことを覚えています。

ここまでのまとめ

こんな具合で小学生時代を過ごしたmegrepperですが、いじめや家庭崩壊の当事者から言えることがいくつか。

  • 夫婦仲が悪くても、子どもの前では絶対それを見せんな
  • 子どもの学校での様子(特にいじめられてないか)はちゃんと聞け
  • 習い事や塾などで子どもを窒息させんな
  • もしも子どもが学校で居場所をなくしたら、十分家で休ませろ

ということに尽きます。そうしないと子どもはあっという間にメンヘラ化していくことでしょう。

次回は、megrepperが本格的に不登校になった中学生編を書きたいと思います。

それではまた!

 


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