教育困難校? DQN高校? 不登校から進学した高校の実態

元不登校児の @megrepper です。

 

中学生時代に不登校になってしまった私ですが、なんとか全日制の高校に進学

高校生活をスタートさせます。中2からまったく学校に登校しなくなって早1年半、

進学先は県内でも有名なDQN高校しかありませんでした。果たしてDQN高校

での生活やいかに・・! 体験談を交えて振り返ってみたいと思います。

進学先は教育困難校。不良と無気力、元不登校児が入り交じる異様な空間

中学2年生の後半から不登校を始めた私、当然内申点などは無きに等しい状態でした。

そんな生徒が進学する先は非常に限られてきます。私の進学した高校も当時は偏差値38という

DQN高校でした。偏差値だけで高校の雰囲気を決めつけるのはナンセンスかもしれませんが、

頭の良し悪しと校風に関係がないかと言われると、私は大いに関係あると思っています。

では、このような高校にはどのような生徒が進学してくるのでしょうか

東洋経済オンラインがその概要を簡潔にまとめてくれているので紹介します。

第1タイプ……「ヤンキー」系

やんちゃな言動の「ワル」、いわゆるヤンキーの生徒。勉強する気はほとんどなし。授業妨害を行う。

第2タイプ……「コミュ障」系

小中学校で不登校を経験した生徒。学びなおしたいという意欲が強い。コミュニケーションに自信なし。

第3タイプ……「無気力」系

気力・生気が感じられない非常におとなしい生徒。自己主張がまったくなし。他者との意思の疎通が難しい。

(引用: 教育困難校には、どのような生徒が来ているのか

 

タイプ別に紹介すると「ヤンキー系」の生徒はとにかく授業妨害や校則違反が甚だしく、

第2、第3のタイプの生徒をからかったりすることもあり、非常に迷惑な存在でした。教員が

再三に渡って生活指導をしなければならないタイプでもあり、中退率も高めでした。

学年で約2割ほどの生徒がこのタイプだったでしょうか。

 

「コミュ障系」タイプの生徒は、小中学校時代に不登校や引きこもりを経験した生徒たちです。

元々持っているポテンシャルはそんなに悪くはないのですが、「ヤンキー系」生徒に目をつけられたり

すると再度不登校に陥ってしまったり、授業中に具合が悪くなってしまい、早退する生徒が

多かったです。また、多くの生徒が「オタク」化している場合が多く、クラス内でも比較的大きな

グループを形成することがありました。約3割程度がこのタイプでした。

 

「無気力系」タイプの生徒は長期欠席や非行などの問題はないものの、周りのクラスメイトや

教師とのコミュニケーションを取らず、授業中は寝ていることが多い生徒たちです。

基本的に他の生徒と関わることが極端に少ないため、人畜無害です。約1割程度が

このタイプに分類することができました。

 

残りの生徒はというと、情緒面になんの問題もない子たちでした。多分志望校に落ちて

滑り止めとしてこの高校に入らざるを得なくなったか、私の通っていた高校はとある部活動が

全国大会に行くこともあったため、部活動に熱心な生徒が多かったように思います。

 

高校に入学した当時の私は、第2タイプの「コミュ障系」タイプでした。

不良に目をつけられそうになるも、なんとか乗り切った高校1年生の頃

そんな高校に進学したmegrepperでしたが、入学早々問題にぶち当たります。

megrepper
なんかカオスで落ち着きのない教室だけど、またいじめられるのも嫌だし、とりあえず静かにしてようっと・・。って、あっ!!

それはなんと、小学校時代にガラの悪さで有名だった生徒が同じクラスだったのです。

・・この時ばかりは、「高校生活\(^o^)/オワタ」って思いましたね。

 

これは後になって分かったことですが、別のクラスにももう一人、小学校時代に同じ学校だった

生徒がおり、こいつも立派な「ヤンキー系」に成長していました。この二人は同じ小学校出身で

面識もあったことからすぐに「ヤンキー系仲間」としてつるむようになり、度々私を

からかってくるようになりました。

 

この頃から私は毎日学校に通わなければならないストレスと、学校でのからかいに気を病む

ようになり、体重が7キロも落ちました。

 

しかし、そのような状況を察したのか、担任の先生の動きは迅速でした。

ある日担任の先生に呼び出されたので行ってみると、こんな話をされました。

先生
○○と△△と同じ小学校だったのか・・。これからできるだけ嫌がらせしないように、あいつらにも注意するし、2年生以降は同じクラスにならないように配慮するから。

多分、私が元不登校児だと知っての対応だったのでしょう。その日を境に例の同級生からの

からかいはピタッと止みました。これは3年間共通しての担任の先生の印象ですが、

できるだけ私の不登校が再発しないように配慮した対応をしてくれたように思います。

ヤンキー系生徒を尻目に、そこそこ居場所を確立した高校2年生の頃

多くのヤンキー系生徒が中退していく中、私は高校2年生に進級します。

大量の中退で(ほぼ1クラス分が居なくなりました)少しは校内も平和になるかと思いきや

ヤンキー系生徒の残党による傍若無人っぷりは続くことになります。

警察沙汰にもなりかねないその一例がこちらです。

  • 授業中の携帯電話や暴言、ゲーム、化粧、早弁は当たり前
  • 学校の廊下で備え付けの消火器を噴射し、廊下が粉だらけに
  • 学校の火災報知機をいたずらし、授業中に何度も非常放送が流れる
  • トイレのゴミ箱にタバコの吸い殻を捨ててボヤ騒ぎを起こす
  • 最寄り駅にて、走行し始めた電車に飛び乗ろうとして、電車を緊急停止させる
  • 最寄り駅にて、自動改札を走り高跳びの要領で飛び越えて無賃乗車をする
  • 校内でカツアゲをし、学校に警察官を呼ばれそうになる
  • 性同一性障害や軽度知的障害の子を執拗にいじめて不登校にさせる

 

・・もうね、動物園かなにかに居るような気分でした。

DQN高校では、教育ではなく最低限の「しつけ」から行わなければならない現状があるという

現役の高校の先生の意見にも納得です。

「教育困難校に勤務してるけど、もう無理」

https://anond.hatelabo.jp/20170207224412

 

私は元々陰キャラですから、幸いそういったDQN行為に走ることは一度もなかったのですが

全校生徒を集めて行う「服装・持ち物検査」などは非常に馬鹿馬鹿しかった思い出があります。

(こっちははなっからマトモな格好で学校に来ているのだから、早く帰してほしかったです)

 

またこの頃から私は、勉強を少し頑張ってみたり、ワープロ検定などの情報処理関係の資格を

取得することでクラスの中でいじめやからかいの対象にならないようにと努力しました。

その甲斐もあってか、スクールカーストでは下位層ではあるものの、3年間いじめなどの

ターゲットになることはありませんでした。

DQN高校の勉強の実態は? 定期試験や成績は?

これはもう楽勝といった感じでした。

 

さすがにこちらの記事のような、「アルファベットすら書けない生徒がたくさん居る」という内容には

少々語弊があると思いますが、定期試験が近づくと、予め試験内容とほぼ同じ予想問題が配布され

それさえしっかり解いていれば単位は取れるという状況でした。私も理数系の科目はさっぱりでしたが、

こうした補習プリントのおかげか、興味のある科目は80〜90点台をキープするなど、そこそこの成績を

残すことができました。

この頃から私は「やる気のある科目や勉強内容に関しては少しだけ優秀な生徒」として

先生からの信頼を得ていったように思います。

センター試験を受ける人はまず居ない・・進路を決めた高校3年生の頃

高校の成績が普通よりも少し上位であった私は、学校推薦で大学へと進学することにしました。

 

高校3年生になると、普通は「模試」や「センター試験」という言葉が耳につくようになりますが

教育困難校ではそういったものを受験する生徒はほとんど居ません。成績の比較的良い

生徒が推薦で大学に入り、普通の生徒は専門学校へ、それ以下の生徒は進路未定といった

状況であることが非常に多いのです。

 

加えて、学校以外で塾に通っているという生徒も聞いたことがありません。

教育困難校では授業に付いていけない生徒が大多数を占める(私も理数系の授業は

さっぱり分からず放置していました)ため、塾に通っても勉強内容に付いていける人が

そもそも居ないのが現状なのかもしれません。

不良生徒から学食で暴力を受ける・・そして精神科デビューへ

進路も無事決まり、あとは卒業までの通学を残すのみとなったある日、事件が起こりました。

その日私は学食を利用しようと、配膳カウンターの前で並んでいたのですが、後ろからやってきた

不良生徒が私に抱きつくような形で割り込んできて、無理やり注文を取ろうとし始めました。

そして、肩に回された相手の腕を私が何気なく払った瞬間のことです。

 

不良生徒がいきなりキレて、私を投げ飛ばす!

そして間髪入れずに拳を振り上げて、殴りかかろうとしてくるではありませんか!

 

幸い、その様子を見ていた教師たちが不良生徒を羽交い締めにしたため、私は殴られずに

済んだものの、その後からが大変でした。

私を投げ飛ばした生徒は自宅謹慎処分となったわけですが、それを聞きつけた不良仲間が

私の居る教室に何度か抗議にやってくるようになったのです。

 

いずれも授業中であったため、教科担任の先生が制止に入ってくれたこともあり

所謂不良からの「呼び出し」をされることはなく自体は鎮静化していきましたが、

この頃から私は学校に通うのが怖くなりました。

鬱々とした気持ちが晴れないなかインターネットを調べていたところ、市内に

精神科のクリニックが開業しているのを見つけ、私はそこに通うことにしました。

当時私の主治医となったのは、まだ20代後半か30代前半の若い男性医師でした。

医師はこれまでの生育歴や今困っている症状を一通り聞き、こんな診断を下しました。

精神科医
・・なるほど、これまでにそういう辛い思い出があったのですね。今もその辛さは続いている感じですか?
megrepper
そうですね、もう学校にも行きたくない感じです。
精神科医
分かりました。今の見立てだと、抑うつ状態になっていると思うので、軽いお薬を出しておきますね。

そしてドグマチールとレンドルミンを処方されました。

 

薬を飲み始めてしばらくすると、うつ状態は快方に向かっていきました。

 

また、担任の先生も何度か家庭訪問をしてくれ「進路も決まっているし、今はゆっくり

休むといいよ」と言ってくれたこともあってか、一週間ほど学校を休んでから学校にも

復帰することができました。

 

こうして私は無事高校を卒業することができました。

ここまでのまとめ

3年間通った「教育困難校」でしたが、今となって振り返ってみると、様々なトラブルは

あったものの、先生たちは「元不登校」の生徒の対応に慣れている印象を受けました。

きっと先生たちも「ヤンキー系」生徒にはうんざりしているのかもしれませんが、

学校生活次第では、伸びしろのある元不登校の生徒には寛容なのかもしれません。

 

そうしたことを踏まえて言えるのは、今不登校をしている中学生の人にとって

通信制や定時制高校、サポート校といった高校だけでなく、不登校対応に

実績のある全日制高校も進路の選択肢に入るのではないかということです。

 

全日制は通い始めは大変ですが、慣れれば健康的な生活リズムを取り戻すことが

できますし、ぜひ検討してみてはいかがでしょうか?

 

次回は「ついに閉鎖病棟入院? 急性薬物中毒と診断された大学生時代」について

書きたいと思います。それではまた!