ついに閉鎖病棟入院? 急性薬物中毒と診断された大学生時代

元インフラエンジニアの @megrepper です。

 

高校生時代に教育困難校へ入学し3年間を過ごした私ですが、受験勉強を経験することなく

学校推薦で大学に入学します。全日制高校で体を慣らしていたこともあり、今度こそは豊かな

キャンパスライフを過ごすぞ!と意気込んでいました。しかし、その期待は大学時代のアルバイト

をきっかけにもろくも崩れ去ることになります。では、早速振り返ってみましょう。

新しい大学生活に燃えていた大学1年生の頃

高校生の頃から趣味でLinuxを使った自宅サーバー構築を始め、自分のWebサイトを運営

していたこともあり、大学は情報工学系の学部のある学校に進学することにしました。

(・・理数系科目が大の苦手なくせに、なかなか無謀な進路選択だったと思います。)

 

相変わらずメンタルクリニックへの通院は続けていたものの、大学では講義の傍ら

映像系のサークルにも加入し、秋のオープンキャンパスでは委員兼映像配信スタッフを

務めたりと、とても忙しい毎日を送っていました。

 

日々の講義の内容はオペレーティング・システムの基礎理論や、プログラミングなど

コンピューターに大きな興味を持っていた私にはどれも刺激的なものでした。

それだけでは飽き足らなかった私は、大学の先生に顔を覚えてもらおうと、1年生ながら

講義を担当する先生の研究室にも足を運び講義内容の質問をするなど、とても熱心な

学生だったような記憶があります。

 

また、プライベートでは大学入学を期に一人暮らしを始め、友達を呼び寄せては

家で遊んだり、外食へ出かけたりと心身ともに好調な日々が続いていました。

 

女性
これってもしかして、双極性障害の軽躁状態ってやつじゃないの・・?

「軽い躁状態(軽躁状態)は何が問題なのですか?」

http://seseragi-mentalclinic.com/softbipolar-problem/

 

・・・言われてみれば、軽躁状態に近かったかもしれません。

 

軽躁状態は体の調子がとても良いことから、薬を飲まなくなったり通院がおろそかに

なってしまうことが多いのです。他にも色々なことにチャレンジしたくなったりするものの、

それがすべて「空回り」に終わってしまい、大した功績を残せなかったりします。

 

当時の私も色々なことに手を出し、一見優秀そうな学生に見えても

そのどれもが中途半端に終わってしまっていたように思います。

 

ひょっとして、当時からこのサインに気づいてさえいれば、

その後の学生生活が違ったものになっていたのかもしれません。

初めてのアルバイトを始めるも、いじめに遭う

学校にもそこそこ慣れていた頃に、サークルの先輩からの紹介でアルバイトを

始めました。アルバイト先は家電量販店のPC・音響機器コーナーでした。

 

PCの知識もそれなりにあるし、きっとうまくやっていけるだろうと

思っていたのですが、現実はそれとは程遠いものでした。

私はこの頃から社会への不適応感を募らせていくことになります。

いざ仕事を始めてみると、次のような困難がありました。

 

  • 対人緊張が強く、自ら積極的にお客さんに声をかけることができない
  • 接客中や会計中にお客さんにそぶりを見られると、緊張で多量の汗をかく
  • 会計や売り上げの入力などに使うPOSレジシステムの操作が覚えられない
  • 商品の陳列場所や各コーナーの配置を覚えることができない
  • 日々の商品陳列や品出しなどの定型作業も異常に時間がかかってしまう
  • 上司や先輩などとコミュニケーションを取ることが難しい
  • マルチタスクが苦手で、次々と指示を受けるとパニックになってしまう…etc

 

・・などなど、量販店の店員としてはまったく使い物になりませんでした。

 

ほどなくして、私の仕事の出来なさっぷりは店中に知れ渡ることになり、

無視や陰口などの嫌がらせも受けるようになりました。

加えて、上司や先輩からは毎日のように怒られてばかりで、ますます人に対する

恐怖心が強くなっていきました。

 

年が開ける頃には体調不良による欠勤も徐々に増えていきました。

 

通院していたメンタルクリニックの主治医からは、人前で過度の緊張をしてしまう、

他人に視線を向けられのが異常に怖いという私の訴えを受けて、このような診断が下りました。

 

精神科医
これは、社会不安障害かもしれませんねぇ・・。おそらく小さい頃のいじめがトラウマになり、対人緊張が過度に強くなってしまっているのでしょう。

 

社交不安障害(しゃこうふあんしょうがい、英: Social Anxiety Disorder: SAD)あるいは社交恐怖(しゃこうきょうふ、英:Social phobia)は、愚かに見えないかとか、場に合っていないのではとか、他人に辱められることに強い不安を感じるために、社交状況を避けたり、耐えていることによって、相当な苦痛があるとか生活に重大な支障があるという精神障害である。

(引用: Wikipedia – 社交不安障害)

 

それに伴って服薬量も増加し、抗うつ剤で社交不安障害に効果のあるパキシル、

不安を抑えるための抗精神病薬リスパダール、寝付きを良くするための薬として

ロヒプノールやデパス・デジレルといった薬が増えていきました。

過量服薬を繰り返し、救急車の常連客になる

新しい薬を飲み始めたものの、症状は一向に良くなる気配がありませんでした。

 

それどころか、病気の症状はさらに悪くなり、「特定の人が自分の悪口を言ったり、冷たい視線を

向けたりしている」という認識から、「普段から周りにいるみんなが自分の悪口を言っているかも

しれない、怪訝な目で見られているかもしれない」というような、半ば被害妄想のような状態が

出現するようになりました。

 

大学も、アルバイトを紹介してくれた先輩の面子を潰すような形となってしまったことから、

段々と足が遠のき、アパートや実家に引きこもるようになりました。

 

そしてついには「希死念慮」や「自殺願望」まで出現するようになり、当時処方されていた薬や

余っていた薬をかき集めて全て飲んでしまう過量服薬(オーバードーズ)を繰り返すようになり、

倒れているところを家族に発見されては、救急車のお世話になることが増えていきました。

それと同時に、両親はメンタルクリニックの主治医と相談をし、クリニックが提携している

精神科病院へ入院したほうが良いということになり、私は短期間の入院生活を余儀なくされました、

ついに精神科閉鎖病棟へ。入院生活の思い出

精神科病院入院の概要

こうして精神科病院に入院することになった私ですが、入院生活の思い出を紹介する前に

まず、精神科病院の入院形態について説明したいと思います。

 

精神科の入院形態としてに5つの入院方法があります。

<1.任意入院>

本人自身で物事を正しく理解し、入院治療の必要性や的確な入院時期についての判断ができる状態での入院を「任意入院」といいます。

<2.医療保護入院>

本人が入院を拒み、入院の同意がえられないとき、家族などが入院に同意をすることで入院させることを「医療保護入院」といいます。

<3.応急入院>

緊急に入院治療を行う必要があるにもかかわらず、本人が入院を拒否している場合は、精神保健指定医が診断したうえで、家族などの同意をえられれば「医療保護入院」という形で入院することになりますが、家族などへの連絡がすぐにとれない状況でも緊急入院の必要があるときは、応急入院指定を受けている病院で72時間にかぎって「応急入院」させることが許されています。

<4.措置入院>

警察官が、自傷他害のおそれがある人を発見したときは、精神保健福祉法第23条に則り、すみやかに保健所長を通じて都道府県知事に通報しなければなりません。通報を受けた都道府県知事は、県の職員(多くの場合は保健所の職員)に調査を行わせ、診察の必要があると認めたときは、通常2名の精神保健指定医による診察(措置診察といいます)を行わなければなりません。2名とも「精神疾患であり、そのために自傷他害のおそれが高く、入院治療が必要」と診断したときに、行政の権限で入院させることを「措置入院」といいます。

<5.緊急措置入院>

「措置入院」の必要があるものの、精神保健指定医2名がそろわず、1名の精神保健指定医によって措置診察が行われたうえで、「精神疾患により自傷他害のおそれが高いため、入院治療が必要」だと判断した場合、72時間にかぎり「緊急措置入院」になります。

(引用: 「こころの救命」 – 入院形態の種類 http://kokoro-kyumei.jp/?page_id=822)

上の解説のうち、2.から5.までの入院形態は、精神疾患の患者さんの身体拘束や強制入院の

権限を持つ「精神保健指定医」が診察を行い、入院を決定し、入院先は病棟内のフロアや病室に

鍵のかけられた「閉鎖病棟」に入院することになります。

 

1.の任意入院の場合は行動制限がない(一般の内科や外科病棟と同じく、フロアや病室が

常時開放されている)開放病棟に入院することが原則となります。

 

しかし、当時の私は2度の入院を経験し、いずれも「任意入院」という形であったものの、

入院先は閉鎖病棟・・! どうやら任意入院とはいえども、医師から急性期と判断されると

任意入院であっても閉鎖病棟に入院させられる場合もあるそうです。

 

そんなわけで、閉鎖病棟に入院することになった私ですが、精神科病院の入院生活とは

一体どのようなものだったのでしょうか。

精神科病院に入院するまで

搬送先の救急病院から救急車で転院搬送され、精神科病院に到着した私は、まず医師による

診察と、任意入院にあたっての同意書にサインすることが求められました。正直オーバードーズで

意識が朦朧としており、どのような診察だったかは正直覚えていないのですが、当時の医師は

私に「うつ病」と「急性薬物中毒」の診断を下したようです。

 

診察が終わると、病棟に入る前に持ち物検査がありました。

 

普通の病院では持ち込みが許されることの多い、文庫本や音楽プレーヤーといった娯楽品は

もちろん、ズボンのベルト、フードに紐のついたパーカーまで持ち込みを拒否されました。

(ベルトや紐つきの衣類は自殺防止の観点から、閉鎖病棟へ持ち込めないことが多いようです。)

 

そのほか、安全カミソリやタバコのライターはナースステーション預かりとなり、

入浴や喫煙の際に都度借りるという形が取られました。

病棟の雰囲気は? 一日のスケジュールは?

私が入院した病室は、4人部屋でした。

 

精神科の病棟というと、窓に鉄格子がはまっているイメージがありますが、そんなことはありません。

フロア外に出る扉に常時鍵がかけられていること、病室や食堂などの窓が5センチくらいしか

開けられないことを除けば、普通の内科病棟と特段変わったことはありませんでした。

 

フロア内には病室のほか、ナースステーションや食堂、畳敷きの娯楽スペース、共同浴室、

洗濯スペース、トイレ、面会室、公衆電話、喫煙所などがあり、フロア内で日々の生活が完結

するような造りになっていました。

 

また、一日のスケジュールは大体こんな感じでした。

  • 起床/洗面                        ・・・6:30
  • 朝食                                  ・・・7:00
  • 朝の服薬/血圧測定       ・・・8:00
  • 自由時間
  • 昼食                                 ・・・12:00
  • 昼の服薬                         ・・・12:30
  • 作業療法/診察/自由時間
  • 売店オーダー(欲しいものを看護師さんに買ってきてもらえる)
  • 入浴(週2回)                   ・・・17:00
  • 夕食                                 ・・・18:00
  • 夜の服薬                         ・・・19:00
  • 就寝前の服薬                 ・・・20:00
  • 消灯                                 ・・・21:00

 

見てもらえば分かる通り自由時間がとても多く、とにかく暇でした。精神を病んでいる患者ですら

暇すぎて、病棟内をアテもなくうろつく人がたくさん居たくらいですから、普通の人には耐えられない

生活でしょう。なお、精神科病院での生活や普段の様子は、下記のマンガがとても参考になります。

 

 

私も、自由時間は喫煙室に篭っているか、病棟内にある漫画本を読んでいるか、普段は絶対書かない

日記を書いたり、テレビを見たりして暇を潰していたように思います。

どんな人が入院しているか

入院しているすべての人に病名を聞いたわけではないので、正確なところは分かりませんが

喫煙室で雑談をしている限りだと、男性は「統合失調症」の方が多い気がしました。

統合失調症の人は入院歴も長く、入院して10年選手になるオジサンもちらほらいました。

 

オジサン
オレはもう長いことここに居るけどよ。兄ちゃんはまだ若いんだから、こんなところに居ちゃダメだぞ。

・・・なんて言葉をよくかけられていました。

 

女性陣はというと「うつ病」などの気分障害が多く、普段からどんよりしている人が多かった

印象です。病室に篭っている人が多いのか、あまり顔を見かけない人がたくさんいました。

精神科病院を退院するまで

私の場合は任意入院ということもあり、2週間ほどで退院することができました。

退院までの診察回数も少なく「とりあえず希死念慮が落ち着いたら即退院」という

医師の方針だったのかもしれません。退院直前の診察もあっさりしたもので

 

精神科医
死にたいとかお薬をたくさん飲みたいという気持ちは落ち着いてきましたか?
megrepper
そうですね、大分落ち着いてきましたし、これなら家でも過ごせそうです。
精神科医
分かりました。服薬と診察は元いたクリニックで続けてもらいますが、病院のほうは退院ということにしましょう。

 

医師のこんな一言で退院が決まりました。

大学を中退、再び引きこもり生活に逆戻り

閉鎖病棟退院後の生活はというと、ひたすら家に篭って過ごしていました。

 

引き続きクリニックへの通院は続けていたものの、外に出なくなったせいか「社交不安障害」の

症状は次第に落ち着いていったような気がします。

 

大学のほうは当初休学するつもりでしたが、両親の勧めもあり一度退学して静養することにしました。

仕事を探そうとも思ったこともありますが、大学時代のアルバイト経験がトラウマになってしまったのか、

しばらくの間そんな気持ちは起こりませんでした。

ここまでのまとめ

精神科病院というと、1960〜1980年代の「隔離政策」や相次ぐ精神科病院での「患者虐待」、

長期間に渡る「社会的入院」が問題になったこともあり、未だに偏見の目を持つ方が

大勢居ると思います。

 

しかし現在では新薬の開発も進み、入院生活を余儀なくされても、その後十分家庭や社会の中で

生活できるまでに回復する精神障害者も増えているのが実情です。この記事を読んでいただいた方の

誤解や偏見が少しでも解けることを祈って止みません。

 

次回は「再びアルバイトと大学進学を目指すも、統合失調症の診断!?」という記事を

書きたいと思います。 それではまた!